周易64卦384爻占断
270、沢地萃(たくちすい)上爻
◇ 萃とは何か?
沢地萃(たくちすい)は、人や物事が「集まる」時を示す卦です。
「沢(兌)」は悦びや交流、「地(坤)」は受けとめて育む土台を象し、人心や勢いが一点へ寄り合い、まとまりを作る局面を描きます。
ただし、集まりは永遠に続くものではありません。萃が極まれば、やがて満ちて散るという反動も生じます。上爻はまさにその境目で、集めきれなかった悔い・遅れ・焦りが涙となって現れやすい地点です。
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◆ 卦全体が教えてくれること
萃が示す大きな教えは、「集めること」そのものより、集まりを成り立たせる“時と位”が肝心だという点です。
集まりには、
- 呼応が生まれる中心
- 人が安心して留まれる土台
- 進むべき順序と時機
が要ります。
しかし上爻は、萃の終末にあって、集まりが反転し散りはじめる気配を帯びます。ここでは、志があっても居場所が定まらず、安居できない苦しさが表に出やすいのです。
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◆ 上爻の爻辞と解釈
【爻辞】
「齎咨(せいし)涕洟(ていい)。咎(とが)なし。」
【象伝】
「齎咨(せいし)涕洟(ていい)するは、未(いま)だ上に安(やす)んぜざるなり。」
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● 解釈
上爻は、終始でいえば萃の終わりに当たり、萃が極まって反って散ろうとする変化が起こります。そのため、そこには自然に哀怨が生まれやすい。これが「齎咨」です。さらに「涕洟」は、涙や鼻汁を流して泣くほどの切実さを示します。
なぜそこまで悲しむのか。位置から見れば、上爻は位が高いのに実が伴いにくいところです。下卦の陰爻は四爻に寄るように、上爻へ心を寄せてはくれません。かといって、上爻は兌の主爻として悦びを求め、五爻へ聚ろうとする志を捨てて山野に隠遁するような割り切りも取りにくい。つまり、離れ切れず、寄り切れず、惑い難む地点にあるのです。
さらに、今さら「集まることを専らにする」ように動いても、すでに時を失っている。だからこそ、萃を全うし得ないことを嘆き、齎咨涕洟となります。
しかしそれは、害意から出たものではなく、勢いの反転と位の不相応の中で、なお萃を成り立たせようともがく痛みです。ゆえに爻辞は「咎なし」と結びます。象伝の「未だ上に安んぜざるなり」は、まさに安居できず、志も得がたい不安定さが泣きの根にあることを言い当てています。
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◆ 含まれる教え
この爻が伝える要点は、次の通りです。
- 萃が極まり、集まりが散ろうとする時を迎えている
- 位が高くても、実が伴わなければ人心は寄らない
- 志があっても「時を失する」と成就しにくい
- 嘆きや涙は、破局の兆しであると同時に、無理に争わぬ姿勢にもなり得る
- 口舌や理屈で挽回しようとすると、却って害を招きやすい
つまり、ここでは力で集め直すより、崩れを最小に抑える“防止に辛労すること”が本道になります。
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◆ 仕事
仕事では、自分の地位や立場が時機に合いにくく、思うように運びにくい時です。
破局の防止、損失の拡大を止めるために、心身を使って踏ん張らねばならない場面が出ます。
- 新規の企ては絶対に避けるべきです
- 進めば敗れを取る兆が濃いので、攻めずに退いて守る方が安全です
- 言葉で押し切ろうとすると、兌の象が裏目に出て、口舌が害を呼びやすい
成果を求めるほど空回りしやすいので、今は「まとめ直し」よりも「崩れないように整える」に力点を置くのがよいでしょう。
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◆ 恋愛
恋愛は、まとまりにくく、たとえ形になっても“泣きの涙”を招きやすい象が強いところです。
時を失しているため、気持ちがあっても噛み合いにくく、焦って押し進めるほど崩れやすい。
- 良縁とは言いにくい
- 強いてまとめれば、後で哀しみが残りやすい
- 言葉で取り繕うほど、かえって傷が深くなることがある
ここは「集め直す」より「距離と時間で静める」ほうが、痛みを小さくします。
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◆ 沢地萃(上爻)が教えてくれる生き方
上爻が教える生き方は、こう言えます。
「時を失したものは、力で取り戻そうとせず、崩れを防ぐ努力に変えよ。」
- 集まりが散る兆しを見たら、無理にまとめ直さない
- 位や体裁で押さえ込まず、実をこれ以上失うことのないよう、整える側へ回る
- 嘆きは“終わり”ではなく、過ちを深めないための感受でもある
- 口先で勝とうとせず、静かに退いて守る
涙が出るほど苦しい時ほど、争わずに退いて守ることが、最終的に「咎なし」へ至る道になります。


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