周易64卦384爻占断
36、天水訟(てんすいしょう)上爻
◇ 訟とは何か?
『訟(しょう)』の卦は、「言を争う」こと、すなわち主張や理屈がぶつかり合い、裁きを仰ぐ局面を象徴します。ただし、この卦が教えているのは単なる勝ち負けではなく、「いかに正しい道理と節度をもって争いに臨むべきか」という深い教訓です。
上爻はその訟の終末を示す場所にあり、争いを最後まで押し通した者の姿が描かれています。
◆ 上爻の爻辞と解釈
【爻辞】
或いは之に鞶帯(ばんたい)を錫(たま)う。終朝(しゅうちょう)に三たび之を拕(ひ)く。
【象伝】
訟を以て服を受く、亦敬するに足らざるなり。
「鞶帯(ばんたい)」とは、礼装時に身につける大きな革の帯のことで、ここでは名誉ある褒賞や官服を象徴します。
「錫う(たまう)」とはそれを与えられること。
つまり、これは争いに勝ち、自分の正しさを認められて、褒美や名誉を受け取った様子を表しています。
「終朝に三たび之を拕く」とは、短い午前中のあいだに何度もその帯を引きずって見せびらかすように人前に出るという意味です。
このように、外見的な勝利や名誉は得たものの、その過程は決して誉められるものではないという点が重要です。
象伝にも「亦敬するに足らざるなり」とあります。
つまり、「たとえ訟に勝って賞を得ても、それは君子として尊敬されるような行為ではない」という厳しい批判が込められているのです。
◆ 含まれる教え
この爻が教えてくれるのは、争いにおいて最後まで勝ちを追い求めることが必ずしも美徳ではないということです。
たとえ理があり、正当な勝利であったとしても、他者を圧迫し、傷つけて得た勝利には、人の敬意は集まりません。
むしろ、表面の勝利の陰に潜む人間関係の損失や、信用の低下といった代償が残ります。
争いは、理を通すよりも、中を保ち、和を得る方が価値ある結果となる――それが『訟』卦が一貫して説いてきた道理です。
◆ 仕事
この爻を得たとき、仕事上では重要な案件で勝利や成果を得ることができるタイミングにあります。
しかし、その成功は他者との競争や対立の末に得られるものである可能性が高いのです。
上司から表彰を受けたり、評価が上がったりすることがあるかもしれませんが、同僚や部下からの嫉妬や反感を買う可能性もあります。
成果を誇らず、控えめにふるまうことが大切です。
自分ひとりの手柄とせず、周囲の支えに感謝を示せば、反感は和らぎ、長期的に見て信頼も得られます。
◆ 恋愛
恋愛においては、相手に勝ちすぎないことが大切な時です。
論理的な正しさや、相手の過失を指摘することで一時的に優位に立てたとしても、それは心の距離を広げてしまう結果になりかねません。
この爻は、「言い負かして勝っても、人の心はつかめない」ということを教えてくれます。
もし誤解が解けたり、あなたの正しさが証明されたとしても、それを誇らず、むしろ静かに受け止める姿勢が愛情を守る鍵となります。
◆ 天水訟(上爻)が教えてくれる生き方
「争いの勝利より、争いを避ける徳」が尊ばれるべき――それがこの上爻の教えです。
たとえ正しくても、他人を論破して得た名誉は、必ずしも美しいものではない。
君子たる者は、争いを避け、中庸を保ち、誠実な態度で人と向き合うべきなのです。
この爻が示すのは、勝利の影に潜む孤独や空しさでもあります。
真に敬われる人とは、勝つ者ではなく、和する者であるという人生の深い真理が、ここにあります。
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