はじめに
2025年8月4日〜10日の週には、世界各地で様々な伝統的宗教行事が開催されます。今回は、日本国外で行われる代表的な宗教祭典の中から、地域を分散して3つの行事を選び、その由来や内容を詳しくご紹介します。それぞれ、アジア・中南米・アフリカの文化圏から選びました。同じ時期でも地域によって宗教や風習が異なり、多彩な祭礼が繰り広げられている様子を感じ取っていただければ幸いです。
1、エサラ・ペラヘラ祭(スリランカ)
スリランカ中部の古都キャンディで毎年開催される「エサラ・ペラヘラ祭」は、スリランカで最も壮麗かつ歴史ある仏教祭典の一つです 。この祭りは釈迦の犬歯(仏歯)を祀るキャンディの仏歯寺(スリダラダ・マリガワ)で行われる行列で、仏歯と四柱の守護神(ナータ、ヴィシュヌ、カタラガマ、パッティニ)への奉納として始まりました 。起源は古代に遡り、4世紀にインドから仏歯がもたらされた後、各王朝で毎年巡行が執り行われてきたと伝えられます。その伝統は植民地時代も絶えることなく受け継がれ、現在では毎年7〜8月の吉日の夜に10日間にわたり開催されています。Peraheraとはシンハラ語で「行列」を意味し、その名の通り祭りのハイライトは夜毎に繰り出す華麗な仮装行列です。数百頭もの豪華に飾り付けられた象の背に灯りがともされ、伝統衣装に身を包んだキャンディアン・ダンサーズ(舞踊団)や太鼓手、楽隊、さらに火の玉を振り回すファイアーダンスの曲芸師たちが、市内の決められたルートを練り歩きます 。特に先頭を進む「マリガワの象」は聖なる仏歯のレプリカが収められた豪華な厨子(カラドゥワ)を背に載せ、全身に電飾や錦を纏って荘厳に歩む姿が人々の崇敬を集めます。伝統的にこの祭礼は国に恵みの雨と豊穣をもたらすための祈りの意味を持ち 、行列の最後尾には水を司る守護神に仕える高僧や官吏が付き従います。最終夜には「大巡行(ランドリ・ペラヘラ)」と呼ばれる最大規模の行列が行われ、その後、夜明け前に近郊の川で聖水を採る「水切りの儀式(ディヤ・カペーマ)」が厳かに執り行われて祭りは幕を閉じます。エサラ・ペラヘラ祭は信仰の祭典であると同時に、象や踊り手たちが織り成す幻想的な光景で知られ、アジアでも屈指の美しい宗教行事として世界中の参拝客や観光客を魅了しています 。
2、サン・サルバドル祭(エルサルバドル)
中米エルサルバドルの首都サン・サルバドルでは、毎年8月最初の週に「サン・サルバドル祭(Fiesta de San Salvador)」と呼ばれる盛大な祭典が繰り広げられます。これは16世紀のスペイン植民地時代に始まった伝統で、同市の守護聖人であるイエス・キリストの「変容」(山上でキリストの姿が光り輝いた新約聖書の出来事)を記念するものです 。スペイン人征服者により街が「世界の救世主(エル・サルバドル)」と名付けられたことにちなみ、毎年8月6日の「主の変容祭」を首都の守護聖人の日と定め祝うようになりました 。現在、この日はエルサルバドルの建国とアイデンティティを祝う国民の祝日ともなっており、毎年8月1日から6日まで1週間にわたって様々な行事が行われます 。期間中は教会での特別ミサが捧げられるほか、色鮮やかなパレードや市をあげてのコンサート、スポーツ大会、カーニバルなど宗教と娯楽が融合した催しが盛りだくさんです 。祭りの幕開けを飾る8月1日の「郵便行列(デスフィレ・デル・コレオ)」では、サルバドル・デル・ムンド広場からクスカトラン公園まで陽気な音楽隊や民俗衣装の踊り手たちが練り歩き、市民の祭気分を盛り上げます。そしてクライマックスとなる8月5日〜6日には、伝統行事「ラ・バハーダ(La Bajada、降臨の儀式)」が執り行われます 。ラ・バハーダでは、紫色の衣を着せられたキリスト像を載せた山車が市内を巡行し、サン・サルバドル大聖堂前の特設祭壇に到着します 。そこで聖像はゆっくりと地球を模した大きな容器(チャリス)の中へ降ろされ、一旦姿を消します。続いて再び現れた時には像は白い衣装に着替えており、これはキリストが神の姿に栄光の変容を遂げたことを象徴しています 。この神聖な儀式の瞬間、広場に詰めかけた多くの人々は万雷の拍手と歓声で祝福し、夜には花火が打ち上げられるなど祝祭ムードは最高潮に達します。サン・サルバドル祭は、500年近い歴史を持つカトリックの伝統行事であると同時に、音楽や踊りに満ちた国民的なお祭りとしてエルサルバドルの人々の誇りとなっています。
3、ムーレイ・アブデラ・アンガルのムセム(モロッコ)
北アフリカ・モロッコでも、8月初旬に大規模な宗教的行事が催されます。それがカサブランカ近郊の港町エル・ジャディダの郊外で毎年開かれる「ムーレイ・アブデラ・アンガルのムセム(Moussem Moulay Abdellah Amghar)」です。ムセムとは聖者の命日に合わせて行われるイスラム教圏の巡礼祭で、11世紀のスーフィー聖人「ムーレイ・アブデラ・アンガル(アブー・アブダッラ・ムハンマド・アンガル)」を祀るこの祭礼は、モロッコ国内最大規模でありアラブ・イスラム世界でも有数の伝統行事と評されています 。毎年8月上旬の1週間、首都圏から約90km離れた大西洋岸のムーレイ・アブデラ村には、国内外から50万人を超える巡礼者や観光客が押し寄せ 、海岸沿いには無数のテントが張り巡らされて即席のテント都市が出現します。ムセムの期間中、昼夜を通して宗教儀式と民俗的な催しが繰り広げられます。日中はまず聖者廟でのクルアーンの一斉読誦や預言者ムハンマドへの祈り(ズィクル)といった厳粛な宗教行事が執り行われます 。その後、広大な砂地の馬場で見どころの「ファンタジア(Tbourida)」と呼ばれる騎馬競技が開始されます。ファンタジアでは、伝統衣装に身を包んだ各地の騎兵隊が一斉に馬を疾駆させ、最後に火薬銃を空砲で一斉射撃する演武を披露します。モロッコ各地から集結した12以上の部族騎兵チームが技と連帯感を競い合い、その勇壮なパフォーマンスに観客は大いに沸きます 。夜になると一転して大規模なコンサートやショーが行われ、伝統音楽のグループや有名歌手によるポップ音楽のライブが連日深夜まで響き渡ります 。さらに鷹狩り(ファルコンリー)の実演や、地元の市場(スーク)も立ち並び、訪れた人々は祭りと巡礼の熱気に包まれながら一週間を過ごします 。ムーレイ・アブデラ・アンガルのムセムは、敬虔な信仰心の表現の場であると同時に、部族の結束やモロッコ伝統文化の誇りを示す場ともなっています。現代では毎年国や地域の行政も後援する一大イベントとなっており、この地に受け継がれる精神的価値(聖者への崇敬)と部族社会の絆、そして庶民の文化表現が一体となった特別な祭典として知られています。
おわりに
以上、2025年8月初旬の期間に世界各地で開催される伝統宗教行事を3つご紹介しました。インド洋の島国から中米の火山国、そして北アフリカの海岸と、舞台は違えどもいずれも長い歴史を持つ敬虔な祭りばかりです。同じ夏の時期でも地域や宗教によってこれほど多様な祭典が存在することに驚かされます。それぞれの祭りは人々の信仰と文化に根ざし、世代を超えて受け継がれてきたかけがえのない伝統です。このように8月初旬は世界の各地で豊かな精神文化が花開く季節でもあります。機会があれば、ぜひ現地を訪れてその熱気と感動を肌で感じてみたいものですね。
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