周易64卦384爻占断
32、天水訟(てんすいしょう)2爻
◇ 訟とは何か?
『訟(しょう)』の卦は、「争いごと」「訴訟」「理非を問う場面」を象徴しています。
下卦の「坎(水)」は困難や内面の不安、上卦の「乾(天)」は強い意志や主張の力を意味し、内に葛藤を抱えた者が、外に向かって自らの正当性を強く訴え出る様をあらわしています。
しかし、訟の卦が告げるのは「争いは望ましいものではない」という基本姿勢です。
どれほど理があっても、争いが長引けば災いを生み、また多くの人を巻き込んでしまう恐れもある。
だからこそ、争いの「始まり」「あり方」「終わらせ方」に心を砕くことが大切とされています。
◆ 二爻の爻辞と解釈
【爻辞】
訟を克(よ)くせず。歸(かえ)りて逋(のが)る。其の邑(ゆう)お人三百戸。眚(わざわ)いなし。
【象伝】
訟を克(よ)くせず。歸(かえ)りて逋(のが)れ竄(かく)るるなり。下より上を訟(うった)う、患いの至ること掇(と)るなり。
二爻は、訟の主導者(原告)にあたる位置です。
上にいる五爻(君位)を訴える立場ですが、五爻は陽爻・中正・剛健の徳を備えた理想的な人物であり、対して二爻は陰爻の位置にありながら正を得ず、そもそも訟を起こすには理が薄い立場です。
「訟を克くせず」とあるように、争いは勝てる見込みがなく、正面から対決しても利がありません。
しかし二爻は中庸の徳を備えているため、状況を察して早めに引き下がることができる。
「帰りて逋る」とは、物を背負い込みながらも逃げ帰ること――敗北を潔く認めて退却する姿です。
「其の邑人三百戸、眚いなし」とは、その争いから手を引くことによって、周囲(共同体)への害も及ばず、災いも免れるという意味です。
まさに「撤退の賢さ」が評価される場面と言えるでしょう。
◆ 含まれる教え
この爻が教えるのは、「理なき争いに執着することの愚かさ、そして退くことの勇気と知恵」です。
自らの立場が不利であると悟った時、なお意地になって争いを続ければ、自分ばかりか周囲の人々も傷つけることになります。
しかし、敗北を潔く受け入れ、身を引けば、被害は最小限にとどめることができます。
争いの場面では、「勝つこと」よりも、「いつ退くか」「どう退くか」のほうが、その人の知性と徳をあらわすのです。
◆ 仕事
仕事上の判断や交渉において、立場が弱く、自分の主張が通りにくい状況です。
上司や取引先など、格上にあたる相手に対して強引に要求を押し通そうとすれば、かえって信用を失ったり、重大なミスにつながる可能性があります。
この時期は、あえて一歩引くこと、計画や方針を見直すことが重要です。
争いや強硬な主張によって状況を打開するよりも、静かに様子を見守り、再起の機会を待つほうが良策です。
また、自分の失敗を素直に認めることで、かえって周囲の信頼を得ることもあります。
◆ 恋愛
恋愛面では、自分の想いを押し通そうとしても、相手に受け入れてもらえない時期です。
そればかりか、無理に迫れば相手との関係がさらに悪化し、修復が困難になる恐れもあります。
この爻の示す「帰りて逋る」は、強く求めるよりも一度身を引くほうが、関係を良い方向へ導くというメッセージです。
一歩引いた距離感が、かえって相手の心に余裕や好意をもたらすこともあります。
今は感情的にならず、静かに想いを抱きつつ、時を待つことが吉とされます。
◆ 天水訟(二爻)が教えてくれる生き方
この二爻は、「負けを恐れず、退くべき時に退く賢さ」の象徴です。
争いに勝つことが、常に最良とは限りません。
ときに、「これは自分の理では通らぬ」と見極めて引くことが、最も理性的で徳のある選択となります。
また、その選択によって自分だけでなく、周囲の人々(邑人三百戸)も守られるという点は、「個人の行動が集団に与える影響」にまで踏み込んだ重要な教訓を含んでいます。
争いから手を引くことは敗北ではなく、より大きな和を守るための一歩。
この爻は、「勇気ある撤退」こそが、時として最大の勝利であると教えてくれているのです。
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